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徒然日記
日々

母の日と理想の母親像。

今日は母の日でしたね。
皆さんはどんな母の日を過ごされたのでしょうか?

私は至っていつもと変わらない1日でした。
いや、私がめちゃくちゃ不機嫌だったから、子どもたちにとってはいつもの1日ではなかったかもね。
母の日だからといって、別に何かしてほしかったわけでも何でもないんだけど、朝から晩までご飯を作っては片付け、明日のお弁当の下準備をし、洗濯物を片付け・・・その横でイビキをかいているOさん(しかも自分が眠たいからって私に公園に行かせようとした。断ったけど)、「今日はいいことがひとつもない」という子どもたち。
いいことなんて私だってひとつもないわ!
と思ってたら、だんだんイライラしてきて、「結局母親って家政婦みたいなもんなのかな、何のためにいるのかな」というところに思考が落ち着いてしまって、虚しさと腹立たしさとで感情が抑えられなくなって、超不機嫌な母親(という名の家政婦?)が出来上がってしまった。

私が子どもの頃、母の日に毎年何かをした記憶はあまりない(一度近くのスーパーに針山を買いに行った記憶はある)し、普段から感謝の気持ちを伝えたこともないし、してくれることが当たり前になっていたのは言うまでもないことで。
母と同じ立場になってみて、Oさんより家事をしない父、してくれることが当たり前になって感謝もしない娘と息子、その中にいる自分という立場にモヤモヤしていただろうに、何も言わずに私たちを支えてくれた母の偉大さというか、我慢強さというか・・・に今更ながら感謝と申し訳なさを感じるよ。
今年はコーヒー豆を送って、届いた日にそのお礼の電話をくれたけれど、ちゃんとお礼を言わないといけないのは私の方だった。

私は元々子どもが苦手で、学生時代にうつ病になって(診断されたのは社会人になってからだけど)以来、ますます子どもは育てられないと思っていて。
またうつ病が再発したら?
感情が抑えきれなくて、子どもに暴力を振るうかもしれない。
精神的に不安定で体調も万全ではなくて、そんな遺伝子は残さない方がいい。
ずっとそういう思いがあって。
Oさんにもそのことは伝えた上で結婚して、体調不良で産婦人科に通ううちに先生が妊娠希望と勘違いしてしまったのがきっかけでにょろを授かり、その後ぽん太を授かったわけだけれど。
今日のようなことがあると、やっぱり私には母親には向いてなかった、母親になる資格はなかったのかなと思ったりする。

『いつもにこにこ、家族の太陽であるべき』
いつの間にか植え付けられている母親像があって、自分もそうなりたいと思っているけれど、どっちかというとにこにこしてるよりイライラしてることの方が多くて、理想からは程遠い。
良いお母さんになんて全然なれない。
今日みたいに感情が抑えられない日もあるし、すべてを投げ出してどこかに行きたい日もある(短時間だけど家出の経験もある)。
こういう時、外との繋がりは大事だなって思うんだよね。
誰でもいいから、「自分もそういう時あるよ」「あなただけじゃないよ」って言ってもらいたい。
「私」の存在意義を認めて欲しい。

明日から、また母親に戻れるだろうか?
今日はいつになく立場も放り投げ、「人間」になってしまった。
母親も人間なんだけど、子どもにとっては母親でしかないんだよね。
たぶん今日はいっぱい子どもたちを傷つけてしまった。
ぽん太は泣いてたね。
子どもが泣くほどイライラするってどんだけ・・・。

明日からは気持ち切り替えて、また理想のお母さんになれるように頑張ろう。
今日子どもたちに悲しい思いをさせただろうから、その分抱きしめてあげよう。
というか、私が抱きしめてもらいたいわ。
子どもは癒し。
イライラすることもあるけど、抱きしめると癒される。
今日もイライラする前に、ぎゅっとしてればよかったな。

来年の母の日、「私、頑張ってる」って思えるように、明日から頑張るわ。

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